さよならスティーブ

 Appleの創業者、スティーブジョブスが亡くなっちゃった。まだ、57歳だったのに。

 私のデジタルライフのスタートは高校卒業した1987年頃で、最初はまだコマンドを打ち込むでっかいコンピューターでした。空調完備の大きな部屋にコンピューターがあって、それを別の部屋の端末からコマンドで動かしていろいろな処理をさせる代物。翻訳ソフトを作るバイトをしていて、コマンドでひたすら単語を打ち込んでいました。フラグ立てて。OSが何だったのか、覚えていません。

 大学の授業で先生がMSDOSがすごいってな話を熱っぽくしてたのを思い出します。
 就職して会社の端末はNEC。

 その後、会社を辞めて、大学のときバイトしていた別の出版社に戻った所、以前は紙と鉛筆だった編集室にMacがドカンとおいてあって、漢字Talk7.5がモニターの中で可愛く微笑んでいました。

 操作の練習に”おばあちゃんとぼくと”を一日いじっていました。懐かしい。

 しょっちゅう爆弾が出て固まるので、その度にスタッフも固まり、データが吹っ飛ばないように息をひそめて復旧作業をしたものです。

 長男が産まれて専業主婦になる時に、退職金をつぎ込んで買ったのがMacのPerforma。授乳の合間にシステムを整理したり、ホント楽しかったな。
パソコン通信に接続出来た時は嬉しかった。モデムでね。密室育児をなんとか乗り切れたのはパソコンのお陰だと思います。

 次男はいきなりモデムが接続する時の音を喋ったのでした。笑えた。

 父もその頃Macを手に入れて、あこがれのフォトショップで何やら怪しい図面や文書を作っていました。そのあとおにぎりiMacが出て、世間がボンダイブルーに染まったような思い出があります。

 Performaの後は青いシェル形のiBook。漢字Talkの最後の世代だったでしょうか?途中でMacOSに変わったのだったかな?

 モニターと筐体一体型のiMacの広告をみて、何故か人形のイメージが浮かび、人形作家になろうと決めたのも良い思い出です。今思えば、台座の半円形がおっぱいを思い起こさせたのでした。
 
 今は白いiBookを使っています。メモリーを増設すればLIONも使えるのですが、今のところ不便がないのでどうしようかなと迷い中。

 電話はiPhone3G。他の家族はau。先日スマートフォンに機種変更した長男はauからiPhoneが出ると知って、文字通り吠えていました。

 もうスティーブが新しい”何か”を引っさげてりんごマークの前に立っ
てくれる事はないのだと思うとほんとに寂しいです。あのちょっと得意げに製品の説明をする姿は良かった。

 きっと今頃、あの世で、この世の回線とつなげて喋れる端末を作ってくれと頼まれていることでしょう。実現してくれると面白いけど。