キタナ好きの家に生まれて―   家は家族の作るアート?!

 私の実家は、掃除や片づけが行き届いていると言う家ではありませんでした。
 父が、家で趣味でいろいろと作業をするので、部屋の隅に、スチールや真鍮の棒が転がっていたり、砥石が床にごろごろあったり、素足で絨毯を歩くと足の裏に金属の切りくずが刺さって、血が出たりしたものでした。
 そして雑誌や本がやたらとあり、本棚におさまりきれずにあちこちにあふれていました。
 世界各地の怪しげな民芸品がゴロゴロしていたのも今思うとすごかったです。
 しかし、不思議とどこに何が有るかはみんな分かっていたのです。
 初めは団地に住んでいましたが、高校生のころ一戸建てに引っ越しました。初めは広~いとよろこんでいて、おしゃれな家具を置いたりもしてみたのに、数カ月すると、やはりもとの状態にちゃんとなったのは面白かったです。器が変わっても、住人が同じだと、同じような雰囲気になってしまうものなんですね。
 『家は人を表す』
 そんな汚くてごちゃごちゃの家でしたが、人の出入りが絶えず、しょっちゅうパ-ティーをしたり楽しい家であったのです。
 物理を学んで、エントロピーの増大という概念を知った時、ああ~、うちはカオスに限り無く近いのかも!と感動しました。
 そんな家に育ったので、エントロピーの増大に対抗する技を知らず、何故すっきり片付いた家にならないのか悩んだこともありましたが、主婦業も十年近くになり、私なりの片づけや掃除がやっとできるようになって来たのかなと思います。

 Clean enugh to be healthy、dirty enough to be happy

という素晴らしい言葉をどこかで読み、それをいつも心の隅においています。(伊藤ひろみさんのエッセイだったかも)

 掃除や片づけはやってもやってもきりがなくて、完成するという事がないので、あまり興味がわきませんでしたが、家全体を、私達家族が作るアートだと思うと、なんだかやる気が出て来るのです。
 今日も風呂を重曹でこすりながらあれこれ考えています。