養老渓谷

 体育の日は夫の思いつきで養老渓谷に行った。
 蘇我駅まで歩き、内房線で五井へ。五井から小湊鉄道に乗る事にする。養老渓谷までの列車が出るまでかなり時間があったので五井駅前の松家で牛飯を食べた。一人三百五十円。
 蘇我から五井までの電車にリュックを忘れたのに息子が気付き、一応窓口に届けてから、小湊鉄道にのった。

 一両だけのディーゼル車。外人さん達が大勢乗って来た。単線のローカルな旅。オモチャのような駅に止まりながらだんだんと山に登ってゆく。だんだん時間を逆流してゆくような感覚に襲われる。平成から昭和へ。二十一世紀から二十世紀へ、タイムトラベルしているよう。
 若い女性の車掌さんが乗車券の無い人に切符を販売しているのだけれど、パッチンとキップを切る鋏が懐かしく、しかし同時にスイカを処理するちぃっちゃいカードみたいな機械も持っていた。切符を売っている途中でも、駅に着くとマイクまで飛んで戻ってアナウンスして、ホームに降りて切符を浮けとって、またもとのお客さんの所に戻ってと、くるくるとゼンマイ仕掛けのお人形のような車掌さんだった。

 一時間程で養老渓谷へついた。駅前に粟叉の滝まで行くバスがあったが乗らなかった。暫くするとバスはいってしまった。駅でぼけっとしていても仕方ないので帰りの列車の時間をみて(3時15分)散歩することにした。
 養老渓谷には昔夫が、つげ義春のエッセイにのっていた明治記念館というところが見たくて来たことがあったのだが、またその辺りまで歩いてみた。地図を見ながら日陰を探しながらぽつぽつ前進する。カエルを飲んでいる蛇を見たり、地元の子供が溜め池で釣りをしていたり、実にのどかである。
 そのうちあまり遠くまで行く気が失せたので(主に私?)来た道とは違うルートで戻る事にした。来るとき渡った橋のはるか上に吊り橋がかかっていて、其処を渡って戻る事にしたのである。
 曲り角のたびに道しるべがたっていて、ほとんど人ん家の庭先のような所を歩いてゆくと、確かに吊り橋がある。下を見るとマジ恐い。キャーキャー言っている子供の写真を撮る。夫は真面目な顔で『縮み上がる』と下を覗いて呟いていた。私も恐さを満喫しようと恐る恐る下を覗いてみると、夫や子供が屁っびり腰だと笑うのでゆっくり見ることが出来ない。もう一度下を覗こうとすると今度は娘や息子がちょいと押したりチョッカイを出してくる。
 結局、縮み上がる程の恐怖を感じる間もなく橋を渡り終えてしまった。

橋を渡り終えた所にヤギがつながれていてのんびり草を食べている。子供は喜んで記念撮影。角でつつかれたりして大騒ぎしていた。ヤギがぽろぽろと糞をしたのでさよならをいい、チョッと歩くともう駅に戻ってしまった。

 駅前の角やという店でアイスを買う事にした。ハーゲンダッツはさすがに無いかと思ったら、ちゃんとニューパッケージのバニラを売っていた。子供はクーリッシュ。大人はハーゲンダッツ。駅の脇のベンチで食べた。

 電車が来るまで一時間くらいあるので、里見氏ゆかりのお寺に行ってみた。お地蔵さんが頭巾でなく、赤白帽子をかぶっていた。お寺の人もいなくて無愛想なのが千葉らしかった。

 寺から戻ると駅前に大分人が増えていた。駅のトイレは千葉の田舎の割にはきれいだった。娘の入った個室には壁にカエルが張り付いていたそうだ。

 列車が来ると改札の所にずらーっと人が並び始めたのにはアセッた。座れないとイヤだなあと思って並んだけれど、今度の列車は2両編成だったので慌てなくても座れたことが判明した。
 
 来た道と逆を辿ってまた五井へ戻る。途中、来る道で息子が見たと言うドラえもんとうさぎの石像を探したが見つけられず。(どこかのおそば屋さんにあったらしいが)
 五井の窓口でリュックが届いていないか聞いたが、まだ見つからないといい、総合窓口の電話を教えてくれたが、どうも窓口の若い兄ちゃん、ズッと一人で担当しているみたいだから、きっと何もしてないよと思い、千葉駅の忘れ物事務所に行ってみた。事務所のおじさん、君津駅から順番に電話をかけてくれ、結局千葉駅に戻っていることが分かり、半日程私達と別行動したリュックが手元に戻って来た。窓口のおじさんアリガトウ。窓口前で早速リュックに入っていたカメラで記念撮影。そごうの地下で唐揚げとか焼き鳥を買ってバスで帰宅した。
 

 今回の旅では小湊鉄道の車掌さんと千葉駅の忘れ物窓口のおじさんが印象的だった。私達の非日常の旅が彼等のような日常の業務を的確にこなす方達に支えられていると言う事が非常に有り難く、また、日本もまだまだ捨てたもんじゃ無いなと大変うれしかった。