地震以後の日常

 地震、震度3くらいなら、何とも思わなくなってしまいました。春休み、早帰り中の子供たちはマスクをしてばばの家に出かけてしまった。

 計画停電、身構えていたけれど、見送りだったみたい。

 近所のスーパー、品物によっては届いていないけれど、なんとか品物はあります。
晩ご飯なににしよう?

 千葉県東方沖のでかいのが来るかもといつも頭の片隅におきつつ日々を送る。

 福島の原発が最悪の事態を迎えないように祈る。
←もう少し平穏な日々になったら、原発を使わないで暮らせる方法がないか、日本中の技術と知恵を結集して模索する動きに加担したい。
たぶん並大抵のことでは不可能だろうけれど。

 私の中では2011年3月11日は2001年9月11日以上の区切りの日になりました。