よる、寝る前に夫と映画をみた。
ベットに入ってから、映画の中でテロリストがどんどん死んだけど、ホントはあの人たちだって主人公と同じに、死にたくないだろうなと思ったりしていたら、急に死ぬのが怖くなった。
いつの日か私も確実にまた死を経験するということを思い出したのだった。
ベットに入ってから、映画の中でテロリストがどんどん死んだけど、ホントはあの人たちだって主人公と同じに、死にたくないだろうなと思ったりしていたら、急に死ぬのが怖くなった。
いつの日か私も確実にまた死を経験するということを思い出したのだった。
しかし数年前なくなった父もちゃんと死ねたんだった。おばあちゃんもおじいちゃんもちゃんと死ねた。なんてことを考えていたら少し落ち着いた。
眠りに落ちるかどうかというころ、自分が大きなまあるい風船であるかのように感じた。自分の一部が私としてこの世の中を体験していて、別の部分はまた別の体験をしている。
柔らかい自分がたくさん触手のようなものをだして、そのひとつひとつが、別々だと思っているいろいろな人として生きている、不思議な不思議な感覚。
死ぬというのは触手のひとつが引っ込むだけなんだ。
そして次にこの世界が、全部自分で出来ていたと思い出した。世界が自分だけだった時、退屈で 孤独で つまらなくて 自分の中から互角に渡り合えるようなものをつくった。自分を思いきり引き延ばして一番遠くの部分を切り離してみた。
一生遊べる友達が出来た。嬉しかった。
神様って悪を愛しているんだ。と突然分かった。神の絶対的な孤独を思い出して心が宇宙の闇や冷たさと直結したように感じた。胸がからっぽになるような感じ。
時間にすれば数分だったのかもしれないが、すごい体験だった。